スペイン渡航記~茂木拓真(ID賞)

プラザ・デル・ドゥーケから見た空

第34回スペインギター音楽コンクールにて、初めてID賞を受賞し、昨年スペイン講習会に参加された茂木拓真さんが、素敵なレポートを書いてくださいました。5月発行の会報に先駆けて特別公開いたします。充実した旅の様子、刺激をたくさん受けて今後の演奏が益々楽しみな茂木さんの様子を見ると、この賞が本当に素晴らしい賞であることを改めて感じています。この渡航に際して当コンクール第30回の優勝者で現在セビージャに留学中の菅沼聖隆さんに大変お世話になった上、菅沼さんがセビージャ国際ギターコンクールにて優勝されたことは特筆すべき出来事でした。またバックアップしてくださったフェスティバル主催者であるフランシスコ・ベルニエール氏にも大変感謝申し上げます。
昨年も引き続きID賞を授与してくださったインフォメーション・ディベロプメント社に改めまして感謝申し上げますとともに、茂木拓真さんの今後のご活躍を祈念いたします。

スペイン渡航記~茂木拓真
第34回スペインギター音楽コンクール優勝
参加フェスティバル:セビージャ国際ギターフェスティバル

 第34回日本・スペインギター音楽コンクール優勝の副賞であるインフォメーション・ディベロプメント賞の受賞にあたって、僕は約二週間に渡るスペイン旅行をしてきました。参加予定だったセビージャ国際ギターフェスティバルの都合により一年が経過しての渡航となりましたが、それらの記憶は僕の中では新体験や発見が絶えない、素晴らしいものになりました。
今回のレポートはその記憶の断片に過ぎませんが、スペインギター協会の会報を手に取られる皆さんに、是非お読み頂ければと思います。 まず、今回の旅は僕にとって初の一人旅であり初国外でもあったため、飛行機搭乗の際は酷い緊張感と強いアウェイ感に襲われていました。イベリア航空による直行便、13時間のフライトでしたが、隣には知らないスペイン人の男性。もちろん言葉が通じるわけもないので、自然と言葉を発することもなく、機内食が美味しい!というのも誰かにお話しすることができず寂しさも感じました。
到着はスペインの首都、マドリードのバラハス国際空港でした。飛行機が地上に近づくにつれて見えてくる建物や車は知らないスタイルのものばかり。長いフライトも終わり空港から出るまでに興味と好奇心から動き回れば迷子になり、道を聞けば言葉が通じず身振り手振り…いつの間にか消える緊張感に乗じて一気に興奮が湧き上がってきたことを覚えています。

バラハス国際空港から出るLenfeの地下鉄
バラハス国際空港から出るLenfeの地下鉄

バラハス国際空港からは地下鉄に乗り、利用方法のわからない券売機からなんとか切符を購入、やっとのことでソル(日本で言う渋谷にあたる街)へ向かい、待ち合わせをしていた第30回日本・スペインギター音楽コンクール優勝者の菅沼聖隆さんと落ち合います。ソルは昼夜問わず賑わっており、自由な行き交いの中で殆どの人が誰かと楽しそうに行動していました。
ところで、スペインのバスや電車では最近やっとICカード化が進んできたらしく、地下鉄・バスに各地域でそれぞれ違うICを用いて手軽に行動することが出来ました(僕はマドリードの地下鉄のICカードを二回も失くしてしまいましたが…)。

マドリード・アトーチャ駅
マドリード・アトーチャ駅

マドリードで一泊した後はマドリードのアトーチャ駅からAVEというスペインを走る新幹線に乗り、約3時間かけてセビージャのサンタフスタ駅へ向かいました。日本の新幹線は小まめに到着駅があるのに対して、AVEは長距離を最短距離で結ぶ27両編成の新幹線です。途中駅は少なく、コルドバと終点であるセビージャ以外に一つ程度しかなかった記憶があります。AVEの社内は快適で、足を伸ばしたり曲げたりするための高さ調節できる足台があったのが印象的でした。

セビージャ・サンタフスタ駅
セビージャ・サンタフスタ駅

セビージャ・サンタフスタ駅は大きく広い駅でした。中の設備は豊富で、マドリードほどの賑わいこそないものの、いざ店を見て回ろうとすると相当時間がかかりそうだったのでやめました。

今回参加するセビージャ国際ギターフェスティバルはセビージャのほぼ中心に当たるメトロポール・パラソルの真横のサラ・ホアキン・トゥリーナという会場で行なわれます。サンタフスタ駅からメトロポール・パラソル、プラザ・デル・ドゥーケ(デパートもある大きなバスロータリー)を結ぶララニャ通りは特ににぎわっていて、こちらも昼夜問わずさまざまな目的の人が集まるスポットです。美味しいお店やデパート、飲み屋が寄り集まり、散歩や観光に飽きない空間が広がっていました。

プラザ・デル・ドゥーケから見た空
プラザ・デル・ドゥーケから見た空
菅沼さんと合流しての初昼食はカルボナーラでした。
菅沼さんと合流しての初昼食はカルボナーラでした。
カルボナーラと合わせて食べたミニハンバーガー
カルボナーラと合わせて食べたミニハンバーガー

今回案内をして下さった菅沼さんの通うセビリア高等音楽院もこの周辺にあり、そこから南下すると観光スポットが広がります。歴史博物館もあるスペイン広場やマリア・ルイサ公園、セビリア大聖堂やマエストランサ闘牛場など、とても一日では見て回れないほど情報量の多い空間がいくつも広がっていました。

マリアルイサ公園の風景
マリアルイサ公園の風景
マリア・ルイサ公園から見た博物館
マリア・ルイサ公園から見た博物館
スペイン広場と歴史博物館。この日は謝肉祭でした。
スペイン広場と歴史博物館。この日は謝肉祭でした。
これ一つでも十二分におなか一杯になりました
これ一つでも十二分におなか一杯になりました
メトロポール・パラソル
メトロポール・パラソル
菅沼さんと食べたパエリア・バレンシアーナ、最高!
菅沼さんと食べたパエリア・バレンシアーナ、最高!

セビージャ国際ギターフェスティバルは、約一週間にわたって行われました。残念ながらマスター・クラスはパブロ・マルケス氏一人でしたが、彼のレッスンは僕のギターの発音や曲のアプローチに対する理解度や考え方を非常に深めてくれました。
フェスティバル初日は菅沼さんの先生でもあるフランシスコ・ベルニエール氏によるオペラと合唱伴奏でした。スペインに到着して以来はじめてのクラシックギタリストの音であったため、その発音と音圧に強い衝撃が走りました。日本で聴いたどの演奏とも違う質の演奏で、ここで初めて海外の音楽とは一体どういうものなのかという疑問が生じました。以降の日程は彼の門下生やその他のプロが演奏していましたが、どれも素晴らしく、それでいて新鮮な、自分の知識の外側の音楽でした。内容の音楽性が自然すぎることと、ヨーロッパ独特のリズムやフレーズの取り方が色濃く、僕のレベルでは理解が追いつかないものも沢山ありました。
今回のフェスティバルでは菅沼さんとパブロ・マルケス氏が同日の前後半でそれぞれ演奏されましたが、特にパブロ・マルケス氏の演奏は筆舌に尽くしがたいほどの完成度で、何声もの声部の使い分けや音楽的なダイナミクスも聴き手にその聞き分けを促す様なものが多く、単純な技術以外にも『音楽の聴かせ方』と『発音のメカニズム』等、音を通して自然に伝わってくる程の濃い内容が詰まっており、大変感銘を受けました。
実際、彼のマスター・クラスでは右手のタッチや右腕の操作を重点的に見てもらいました。プランティングは深く押し込むように行い弦に対して平行に撥弦するというものでしたが、その効果は歴然で(もちろん完成したものには程遠いですが)、撥弦した後の音が広がり太い音色になりました。達人の域にもなればそれを利用して減衰するべき音をクレッシェンドに聞こえさせることも可能なのではないか…?とすら思わせるものでした。
受講曲はL.ブローウェルのSONATAでしたが、曲の内容についてはあまり進まなかったので割愛します。また、そのタッチについてマスター・クラスで詳しく出来なかった面がありました。それは弦に対する爪とタッチの種類についてで、それらを菅沼さんから教わることになりました。僕はズボラな部分が多く、彼のように拘りのある几帳面な性格ではありません。爪の角や形に問題が多く、徹底的に手入れすることになりました。例えば、パブロ・マルケス氏からは教われなかったダブルタッチ問題は、肉の形に添って爪を調整する事で改善できました。また爪側面の角の部分、ここのタッチが少しでも引っかかると音がかすれたりダブルタッチが発生するようで、これも2000番鑢による手入れで大幅に改善し、パブロ・マルケス氏から教わったタッチが可能になりました。
それらを教えてくださった菅沼さんは、今回のセビージャ国際ギターコンクールのクラシックギター部門で優勝されました。彼にとってはスペイン留学以来の悲願でしょうし快挙ですが、そこからも多くを学ぶことができました。
まず、コンクール参加者それぞれが違う国の出身者だったことです。さまざまなレベルの演奏を各出場者が披露されどれも素晴らしかったのですが、表現や完成度が総じて違う方面にありました。二次予選の時点でも優勝者候補を限定するほどには至らず、淡々と曲を演奏する方や多彩な表現を盛り込む方、譜面の内容を忠実に再現する方もいて、個人的な評価では判定しがたい高レベルなコンクールであったと思います。しかしそこに、日本のコンクールとのレベル差をはっきり見て取ることはありませんでした。

セビージャ郊外の巨大スーパー
セビージャ郊外の巨大スーパー
セビージャ空港の近く
セビージャ空港の近く
パブロ・マルケス氏と
パブロ・マルケス氏と(洗足音大にて)

今回の旅は、3~5千字ではとても書き切れないほどの経験が詰まっていました。
例えば、僕にとって大きな問題である『留学先をどうするか』や『今後ギター人生をどう掘り下げていくべきか』を判断する材料にもなりましたし、よき友人の進歩を目の当たりにして何をすべきなのかという事も非常に考えさせられました。他にも、スペイン人の男声とフラメンコギターの音色の相似性や、その他の外国人の曲に対するアプローチの違い(文章にするには僕の語彙力が足りませんでしたが)についても、僕の中にはない解釈が詰まっており、現地に来なければ理解しようもないそれらに触れられたことは何よりよい経験であったと思います。日本人としてだけの日常では体験しえなかった市民性や強い愛国心への驚き、しかし日本人とは決して遠くない感受性にも触れ、スペインギターコンクール優勝当時の自分よりずっと強い親近感を、スペインに感じるようになりました。
長々と書き連ねましたが、日本・スペインギター協会の先生方、そして副賞より支援をして下さったインフォメーション・ディベロプメント社へ、多大なる感謝を申し上げます。
素晴らしい旅を、ありがとうございました!!

茂木拓真

AVE
AVE
AVEの電気機関車
AVEの電気機関車
茂木拓真(もてきたくま) プロフィール神奈川県出身。1996年生まれ。
9歳より堀井 義則氏に師事。
福田 進一、ジュディカエル・ペロワ、エドゥアルド・フェルナンデス、フローリアン・ラルースやその他各氏のマスタークラスを受講。現在は洗足学園音楽大学クラシックギターコースにて原 善伸、大萩 康司、鈴木 大介の各氏に師事している。
第26回名古屋ギターコンクール第2位、第34回スペインギターコンクール優勝、第49回クラシカルギターコンクール優勝、又その他コンクールにて入賞。
2017年2月、駐日スペイン大使館にて初のソロコンサートを行い、翌年1月に日本スペイン友好関係150周年記念式典の式典奏者に選ばれる。