スペイン渡航記〜山本采和(ID賞、日本・スペイン友好賞)

第40回スペインギター音楽コンクールにてID賞、日本・スペイン友好賞を受賞し、スペインに留学をされた山本采和さんが、素敵なレポートを書いてくださいました。
マスタークラスや工房訪問、各地への充実の旅を経て、今後の演奏活動が益々期待される山本采和さんの今後のご活躍を祈念しております。
この素晴らしい留学への支援として「ID賞」「日本・スペイン友好賞」を授与していただきましたIDホールディングス社に改めまして感謝申し上げます。また、ギター工房への訪問にあたりサポートをいただいた関場大一郎氏、山谷博人氏にも心よりお礼申し上げます。

【はじめに】

高校の夏休みを利用し、7月にスペインのエルチェで行われたギターフェスティバルで、マスタークラスを受講いたしました。また、グラナダのギター工房を訪問し、製作家の方々から貴重なお話をお伺いしたり、スペインを代表する名所旧跡を訪れ、風土や歴史、文化について学んできました。このスペインでの素晴らしい体験の機会を与えてくださったIDホールディングス社さまに心より感謝を申し上げます。

【エルチェ・ギターフェスティバル】

1マルガリータ・エスカルパ先生と

フェスティバルが開催されたエルチェは、スペイン東部のバレンシア州アリカンテ県にある街で、世界遺産に登録されている椰子園が有名です。マドリードからは電車で2時間半、バスで30分程度で到着します。ギターフェスティバルは1週間ほどの期間に、コンクールやマスタークラス、コンサートなどが行われました。私は2人の先生のマスタークラスを受講しました。

2マスタークラスの様子

マルガリータ・エスカルパ先生は、マドリッド国立高等音楽院を主席で卒業、またマドリッド自治大学の数学科も卒業され、アメリカのGFAコンクールなど多数のコンクールで優勝する快挙を成し遂げたギタリストです。
マスタークラスでは、クリアなアクセントの付け方やフレーズのつながりを意識し運指を考えること、弦を爪で弾く際の雑音に注意することなどについて指導してくださいました。さらに、奥深いスペインらしい音色を追求するための、右指の角度やタッチ、爪の形などについても教えてくださり、とても勉強になりました。今後は音色や音楽に対する感度を高め、もっと細かな部分に気を配れるようにしたいと思います。

3アルバロ・ピエッリ先生と

4マスタークラスの様子

アルバロ・ピエッリ先生は、クラシックギター界の巨匠であり、国際的に高く評価されている教授でもいらっしゃいます。
マスタークラスでは、リズムの取り方や音楽の向かって行く方向を感じながら表現をつけること、効果的な運指を考えることなどを学びました。また、レッスン中は私に発言の場を多く設けてくださり、慣れない異国の地でも、自分の考えを持ち、自信を持って意見を述べることが大切だということに気付かせてくださいました。
フェスティバルでは毎晩コンサートが行われていました。会場はサン・ジョセップ教会の回廊でオープンエアになっています。夏のスペインは日が暮れるのが遅く、開場の夜9時にはまだ薄明く、会場に集まった人々は扇子を扇ぎながらコンサートが始まるのを待ちわびていました。辺りがすっかり暗くなり涼しい夜風が吹く頃にコンサートが始まりました。
楽しみにしていたピエッリ先生のコンサートは、音の1つ1つが色彩豊かでとても魅力的でした。
特に微妙にニュアンスの違う多彩な弱音が巧みに使い分けられていて、耳が惹きつけられました。また、どのフレーズをとっても音楽が自然で美しかったです。キラキラ輝く星空のもと、素晴らしい演奏を聴くことができ、私は感動で胸がいっぱいになりました。
エルチェでは、日中はマスタークラスで学び、夜はコンサートに足を運び、満ち足りた気持ちで過ごすことができました。

5サン・ジョセップ教会

6オープンエアの教会内のコンサート会場

7ピエッリ先生のコンサート

写真引用元 https://www.festivalguitarraelche.com/

【グラナダ・ギター工房訪問】

アンダルシア州グラナダには古くから多くのギター製作家が工房を構えています。
アンダルシアはフラメンコ発祥の地として知られています。フラメンコは移動型民族であるロマの人々から生まれ、継承されてきました。グラナダでは、迫害されていたロマとイスラムの文化が融合し、特有の文化が育まれました。グラナダのギター工房では、クラシックギターだけでなくフラメンコギターの製作も盛んです。
今回のギター工房訪問にあたっては、事前にギター製作家の関場大一郎氏から、グラナダの製作家の方々に質問をさせていただく際のポイントについてアドバイスをいただきました。また、現地ではグラナダ在住のギタリスト山谷博人氏に案内と通訳をしていただきました。この場をお借りしてお二人に感謝を申し上げます。

まず訪問したのは、アントニオ・マリン氏の工房です。今年で90歳になられるマリン氏はグラナダの製作家の頂点に立つ製作家です。真っ直ぐに伸びた背筋と、ガッチリとした手がとても印象的でした。今も甥のホセ・マリン氏やお弟子さんのホセ・ゴンザレス氏と一緒にギター製作に勤しんでいらっしゃいます。3人で協力して作業する工程を終えると、あとはそれぞれが最後まで1本のギターを担当し仕上げるそうです。訪問した時はちょうど日本に送るギターを製作されていました。
最初は家具職人をしていたマリン氏はエドゥアルド・フェレール氏のもとでギター製作を学び工房を持ったそうです。「作業の中で1番難しいのはなんですか。」と質問すると「ニス塗りが難しいんだよ。」と笑ってお答えになりました。「ギター作りを始めた頃からずっとこの仕事の全てを愛しています。」と仰るマリン氏は「二つとして同じギターは作れませんが、どれも高品質のギターを製作しています。ギターの音を作っていくのはギタリストです。弾くことで音が変わってきます。一生懸命に良い音色を出せるよう努力してください。」と穏やかな優しい眼差しで私に伝えてくださいました。

8アントニオ・マリン氏と

甥のホセ・マリン氏には以下の質問をさせていただきました。

──バロック、古典、ロマンなどの区分の中で、グラナダのギターに向き不向きはあると思いますか?また、タレガ(スペイン人作曲家 1852年〜1909年)の音楽はいかにもグラナダの楽器が合いそうですが、バッハ(ドイツ人作曲家 1685年〜1750年)の音楽にも合うと思いますか?
ホセ氏:たしかに、スペインの音楽がスペイン製のギターに合うという人が多いです。ですが、私はジャンルなどに関係なくどんな音楽にも合うと思っています。なぜなら、スペインとドイツのギターは製法に違いがありますが、その違いが音色に大きな変化を与えることはないと考えているからです。

──オーストラリア派のラティス・ブレーシングやドイツのダブルトップなど、外観は同じでも内部構造が全く異なる楽器をどのように感じますか?
ホセ氏:その昔はストラディバリウスがギターを作っていたことがありました。そして6弦になる前は、7弦、8弦、11弦などのさまざまなギターが製作されていました。このように製作者や製作方法は多様であって良いと思います。

9ホセ・マリン氏

10ホセ・ゴンザレス氏と

次に訪問したのは、マヌエル・ロペス・べジード氏の工房です。移転したばかりの広々とした新しい工房を案内してくださり、貴重なお話を聞かせてくださったのは次男のヘスス氏です。兄マウリシオ氏と共に工房を受け継がれているそうです。
ヘスス氏は19世紀ギターの名工ルイ・パノルモのギターや、アントニオ・デ・トーレスの「ラ・レオーナ」などの名器を研究のために所有し、複製の製作をされています。試奏をさせていただきましたが、とても素晴らしい音色の楽器でした。
また、ダヴィンチの絵画の構図の取り方とヴァイオリンの構造の類似性を特集した雑誌を読んで以来、ギターにも応用するべく研究を続けてきたそうです。黄金比を使ったとされるモナリザやウィトルウィウス的人体図(注1)を参考に設計し製作されたギターは、フォルムが美しくなっただけでなく、音響的にも非常に素晴らしい仕上がりになったそうです。

11ヘスス・ベジート氏と

12パノルモモデルの試奏

13黄金比を使ったとされるモナリザやウィトルウィウス的人体図

14黄金比を使ったギターの設計図

(注1)黄金比とは1:1.618…の比率のことで、美の基準とされ、絵画や建築など、さまざまな物のデザインに使用されています。ダヴィンチが黄金比を用いてモナリザやウィトルウィウス的人体図を作画したかについては諸説あるようです。

1時間程かけて大変興味深いお話を聞かせてくださったヘスス氏に更に以下の質問をさせていただきました。

──アントニオ・デ・トーレスが現在のクラシックギターの原型となるモダンギターを製作した頃、ギターはまだクラシックギターとフラメンコギターに分かれていなかったと推察されますが、クラシックギターとフラメンコギターはいつ頃、どのように分かれていったのでしょうか。
ヘスス氏:19世紀頃に分かれ始めました。当時、クラシックギターは経済的に裕福な人達のために作られるようになったようです。例えばブラジル産ローズウッドを使用したり、木製から高価な機械式ペグに変更したりしました。

──クラシックギターとフラメンコギターの両方を製作されていますが、どのような違いを持たせていますか。
ヘスス氏:フラメンコギターはサステインが短く、良く通る少し雑味のある力強い音が出るように製作しています。煌びやかな見た目を好む人が多いので、装飾や色には工夫を凝らしています。クラシックギターはエレガントな音色でサステインが美しく長くなるようにしています。音色の違いを出すための調整は製作家が苦労する点だと思います。

15マヌエル・ロペス・べジード氏の工房の様子

最後に訪れたのが世界の名ギタリストに愛奏されるギターを製作する、パコ・サンチャゴ・マリン氏の工房です。叔父のアントニオ・マリン氏の工房でギター製作を学び独立されたそうです。
こちらでは、世界的ギタリストのリカルド・ガジェン氏が特注したギターを試奏させていただきました。このギターは胴体にマイクが内蔵されておりアンプに繋げ使用するそうです。パコ・サンチャゴ・マリン氏は、アントニオ・デ・トーレスのギター製法を踏襲したグラナダ伝統のギター製作家ですが、注文があればこういった新しいタイプのギターの製作もされていらっしゃるようです。

16パコ・サンチャゴ・マリン氏と

17リカルド・ガジェン氏特注ギター試奏の様子

今回訪問したどの工房でも、日本から訪ねてきた高校生の私にたくさんの貴重なお話を聞かせてくださいました。とても丁寧な応対をしていただきましたことに心から感謝いたします。

【スペイン観光】

スペインでは名所旧跡を訪れ、風土や歴史、文化について学んできました。
◆エルチェ
〈椰子園〉
紀元前にフェニキア人やカルタゴ人がナツメヤシを植え始め、8世紀以降にアラブ人が川から水を引き灌漑を行い広大な椰子園を開発しました。現在は世界遺産になっています。

18エルチェ椰子園

◆アリカンテ
バレンシア州アリカンテ県の県都で地中海沿岸のリゾート地です。海水浴を楽しむ観光客で賑わっていました。

19サンタ・バルバラ城から望む地中海

20スペインらしい雰囲気の美しい家

21外で食事を楽しむ人々

22 日没頃の地中海

◆グラナダ
〈アルハンブラ宮殿〉
子供の頃クラシックギターの名曲「アルハンブラの想い出」をレッスンした時に、私の師である村治昇先生にアルハンブラ宮殿の写真集を見せてもらいました。幼心に美しい宮殿にすっかり魅了され「いつか行ってみたい!」とずっと憧れを抱いていました。夢が叶い感無量でした。
特に美しかったのはナスル朝宮殿です。細かな美しい装飾は強い日差しを受けると輝くように美しく見る者を圧倒します。建物内部は影が作られアラベスク模様とカリグラフィーが幻想的に浮かび上がります。全体を見渡すと全てが調和され上品な美しさです。イスラム美術の素晴らしさに心から感動しました。

23ライオンのパティオ

24アラベスク模様とカリグラフィーが見事なリンダラハのバルコニー

25ヘネラリフェ

26アランブラ宮殿の外観

〈グラナダ大聖堂〉
16世紀にモスクの跡地に建造された荘厳な聖堂です。

27グラナダ大聖堂

〈王室礼拝堂〉
グラナダ大聖堂に隣接する王室礼拝堂は写真撮影禁止でしたが、とても興味深い場所だったので記しておきたいと思います。
この礼拝堂には、イベリア半島最後のイスラム勢力であるナスル朝グラナダ王国を制圧し、コロンブスを支援し、大航海時代に国を繁栄させる基礎を築いたイサベル女王とフェルナンド2世の石棺が安置されています。激動の時代に思いを馳せつつ、併設の博物館の展示品をじっくりと見学してきました。

〈アルバイシン地区〉
イスラムの建築様式が残されとても素敵な雰囲気です。

28美しい街並み

29装飾が美しい建物

30咲き誇る花

31あちこちにある水場

32丘の上の家々

33人懐っこい可愛い猫

34土産物店

〈洞窟フラメンコ〉
グラナダのサクロモンテ地区ではロマの人々が洞窟で生活していたことから、洞窟内でフラメンコを披露するようになり、その素晴らしさが評価され世界的に有名になりました。私はサクロモンテ地区にある老舗の洞窟タブラオ〝ロス・タラントス″でフラメンコを鑑賞しました。
振り絞るような歌声と独特のリズムと奏法で奏でられるギター、そして体中のエネルギーを放出するかのような大迫力の踊りに、瞬きするのも忘れるくらい夢中になっていました。最後の演目は「私の写真撮影はしないでね」とジェスチャーで観客に知らせていたご高齢の女性の踊り手が登場しました。椅子に座った状態から、すくっと立った出番の瞬間に、会場の空気が変わるほどの存在感がありました。激しい振りはせずとも観客の目を釘付けにする踊りは今でも鮮明に思い出せるほど素晴らしかったです。

35観客の目の前で踊る踊り手

36全身から伝わる感情表現

◆コルドバ
〈メスキータ(コルドバ聖マリア大聖堂)〉
イスラム教のモスクであった場所の内部にキリスト教の聖堂が設けられています。ここではスペインにおけるイスラム教とキリスト教の2つの宗教の歴史を感じることができます。どちらの支配下にあっても、長い年月のあいだ人々が祈りを捧げてきたこの場所は神聖な力に包まれていまし
た。

37かつてモスクだった部分

38内部のキリスト教の聖堂

39歴史を感じる外壁

〈コルドバ歴史地区の街並み〉
イスラム文化の影響がいたるところに残るエキゾチックな街並みがとても美しかったです。

40花の小道

41美しい装飾の古い門

42ローマ橋からみたコルドバ歴史地区

〈コルドバのグルメ〉
コルドバ名物オックステールの煮込みは口の中でトロけるお肉とコクのあるソースとの相性が良く絶品でした。また、この地区は、イスラム教徒が戒律で食べることを許されている食品を扱うレストランが多く、私も体験してみました。柔らかく煮込まれた子羊は臭みがなく、ほぐしてアーモンドライスと一緒に食べると、とても美味しかったです。イスラム教は飲酒禁止のため甘党になる人が多いそうで、お菓子はとても甘かったです。

43名物オックステールの煮込み

44ハラール料理 子羊のボイルとアーモンドライス

45蜜が浸み込んだ甘いお菓子

46カラフルで可愛いお菓子

◆バルセロナ
〈サグラダ・ファミリア〉
アントニオ・ガウディの設計でバルセロナのシンボルであるこの教会は、圧倒的なエネルギーを放っており、その美しさと荘厳さに、しばらく時が過ぎるのを忘れていました。教会内部は、自然の偉大さを感じるような、または宇宙の広がりを感じるような壮大な雰囲気です。ガウディの死後、スペインの内戦により図面や模型などの資料の殆どが失われましたが、職人達の情熱をもとに、残された断片的な資料を集め、建築が引き継がれました。近年ではコンピューターによる構造解析がなされ工期の短縮が図られています。人間の叡智を結集し、途方もない作業が長年続けられてきたサグラダ・ファミリアは唯一無二の人類の宝だと思います。今を生きる人だけでなく、ずっと先の未来の人々が祈りを捧げる場所に相応しいと思いました。

47サグラダ・ファミリア外観

48天井を見上げた様子

49現在も工事中

〈カサ・バトリョ〉
自然を愛し敬ったガウディの天才的な創造力を感じる建築物でした。

50インパクトのある外観

〈グエル公園〉
不思議な世界に迷い込んだかのような斬新なデザインと、カラフルな色調が元気になる楽しい公園です。トカゲは公園のシンボル的存在です。

51トカゲ像

〈カタロニア音楽堂〉
リュイス・ドメネク・イ・ムンタネーによって設計されました。舞台の壁面にはさまざまな国の民族楽器を持った女性像の装飾があります。これには「音楽に国境はない」というメッセージが込められているそうです。美しいだけでなく「音楽の力は偉大だ!」と感じさせてくれる素晴らしい音楽堂でした。

52豪華なホール内部

53さまざまな民族楽器をもつ女性像

〈ボケリア市場〉
野菜、果物、肉、魚、お菓子などを扱う商店がずらりと並び、所狭しと品物が陳列されています。
あれもこれも欲しくなってしまい困ってしまいました。滞在中は毎日のように出かけ、甘くて美味しい果物をたくさん食べました。

54多くの観光客で賑わう市場

55驚くほど甘い果物

〈バルセロナのグルメ〉
地中海に近いバルセロナでは新鮮な海の幸をいただきました。そしてスペインならではのスイーツも楽しみました。どれも本当に美味しかったです。

56新鮮な魚介類

57海老のアヒージョ

58パエリア

59チェロスとクレームカタラーナ

【おわりに】

今回のスペイン旅行では本当に素晴らしい経験をさせていただきました。マスタークラスでの先生方の教えやコンサートで聴いた音楽、ギター製作家の方々のお話、荘厳な建築物や美術品などの全てから、細部まで丁寧に作り上げることの大切さを感じました。こうして丹念に作り上げられたものは時代を経ても多くの人に感動をもたらし、愛され続けるのだということが分かりました。
また、今も昔も人間の情熱や創造力に勝るものはなく、より良い未来を作っていくのに何よりも必要なものだと感じました。スペイン旅行での体験は本当にたくさんのことを私に教えてくれました。
この経験を私の今後の人生に活かしていきたいと思います。

60 2023年7月31日アルハンブラ宮殿にて